13 12. 2018 up date

アトリエを訪ねてvol.3|nesessiare〈1〉nesessiareデザイナー 臼井真弓さん 金井朋子さん

刺繍とレースに魅せられて

刺繍とレースに魅せられて

nesessiareデザイナー 臼井真弓さん 金井朋子さん

nesessiare(ネセセア)は2003年にスタートしたブランドです。
主にレースや刺繍を使ったコレクションを、15年に渡り発表し続けています。
ブランドをスタートさせた当初から、chambre de charmeでお取り扱いがあり、AMBIDEXとは関わりの深いブランド。


8月にオープンしたAMB100貨の予約サイトでは、
国内のレースメーカーの作るレースでレースのジレとバッグをデザインしてくださいました。
細長く編まれた数種類のレースを横に繋げて一枚の布状にして、それをジレとバッグに仕立てるという手法で作られた二つのアイテム。とても繊細で華やかな仕上がりになったのですが、実はそれは老舗のレースメーカーさんで「こんな風にレースをつなぐことは初めて」と驚かれる珍しい手法を使って作られています。綺麗に仕上げるのには苦労したそう。

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コレクションをスタートさせてからずっとレースや刺繍と向き合いながら、物作りをしてきたデザイナーならではの発想。素敵なレースや刺繍の洋服をいつも見させていただいていたけれど、普段どんな風にデザインをされているのだろうかを聞きたくなって、アトリエを訪れました。
デザイナーの臼井真弓さんと金井朋子さんから、レースと刺繍を使ったデザインの話を伺いました。


ハンカチとの出会い

---ブランドをスタートしてもう15年になるんですね。ブランドの立ち上げから、デザインをされているのですか?
臼井「いえ、私の前任のデザイナーがnesessiareというブランドを作って、私が後からアシスタントとして加わりました。当時はまだ洋服は作っていなくて、雑貨がメインのブランドだったんです。ポーチとか人形を作っていました」

--そうですよね。私も初めて展示会に伺った時に、刺繍のくるみボタンやニットの人形を見させていただきました。そこから洋服を作り始めたきっかけはあったのですか?
臼井「一枚の汕頭刺繍のハンカチと出会ったことがきっかけなんです」

---一枚のハンカチ?
臼井「これがそのハンカチです」

---とても細かい刺繍でうっとりしますね!どこで出会ったのですか?
臼井「中国の汕頭(スワトウ)です。当時私はアシスタントとして働き始めたばかりで、色々と勉強中だったので、こういうものを作りたい!というイメージはまだ沸いていませんでした。だから古着のレースや刺繍は好きだったのですが、自分がデザインするというほどではなかったんです。そんな中で前任のデザイナーが辞めることになり、以前から会社でつながりのあった中国の汕頭の工場に私が出張に行くことになって、その出張で工場の方にこのハンカチを見せてもらいました。すごく繊細で綺麗な刺繍が、全て手刺繍で作られているということを知って、感動して。この技術を使って、物作りがしたい!と強く思って洋服を作り始めました。」

刺繍に込められたストーリー

---このハンカチとの出会いがなかったら、いまのnesessiareはなかったっていうことですよね。すごい出会いですね!
臼井「そうかもしれないです。汕頭刺繍のハンカチは、真ん中だけ丸く刺繍されていない場所があるんです。『そこはプロポーズの時に結婚指輪を置くための場所なんだよ。何ヶ月もかけて、手刺繍で作られるんだ』というエピソードも教えてもらって、『なんて刺繍ってロマンチックなんだろう』と、見た目の美しさだけじゃなくて作られる過程も好きになりました。そのあとに『こういうものを作れますか?』と工場の人に聞いて作ってもらったのが、このチュールに刺繍をしたレース。もともと古着でとても好きなデザインだったんですが、どうやったら作れるかというのが分からなかったんです。でもそれを見せたら、その工場の人がさっと作ってくれて。自分の作ってみたいと思うものが、作れるんだ!ととても感動して、デザインしたいものがはっきりしてきたんです。ほんとうに、その時の出会いが変えてくれたんですよね。」

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---素敵な出会いですね。こちらのチュールの刺繍はどうやって作られているんですか?
臼井「チュールのレースにミシンで刺繍をしています。“手振り刺繍”というのですが、手で生地を動かしながら刺繍をしていく手法です。ミシンを使ってはいますが、ミシンを動かす人の技術が伴わないとできないので、手仕事だと思っています。」

---そこから刺繍やレースを使ったデザインが広がっていったのですね。
臼井「あともう一つ、大きな出会いがあって」

近代化と手仕事

---大きな出会い?
臼井「はい。デットストックのレースがしまってある倉庫に連れていってもらったんです。そこがもう宝の山で!昔作られたハンド刺繍のテーブルクロスや、ハンカチ、レースがたくさん眠っていました。でもその時に手仕事の詰まった素晴らしいものに感動すると同時に『このレースはもう作れない。この刺繍の図案ももう再現できない』という事実も教えてもらいました。産業と技術の衰退を目の当たりにしてショックを受けて…」

---作れないものがそんなにたくさんあるんですか?臼井さんが出会ったこのハンカチも?
臼井「そうです。ここにあるものはもう、今は作れないものばかりです。汕頭刺繍のハンカチも、テーブルクロスの刺繍も、フィレレースというメッシュ状になったレースも今はもうハンドで作れる人がいない、と知らされました。そこから昔作られたデットストックの生地を大切に洋服にしようということや、古い技術を使って、今受け入れられるものをデザインしていこうというのが、nesessiareのものづくりのコンセプトになっていったんです。」

---ものづくりの裏には厳しい現実があるのですね。
臼井「手仕事は時間はかかるし、お金にならないし、というのが理由で。私が初めて汕頭に行ってから、今までの間にもどんどん作れないものは増えていっています。今年2年ぶりに汕頭に行くのですが、さらに技術は衰退しているのではないかというのが心配です。汕頭はもともと田舎町なんですけど、近代化していくのは仕方がないこと。そういう現実を受け止めた上で、どうしたらいいのか?を考えなきゃいけないなと思っています。汕頭に自分がデザインしたものを着て出張に行った時に、街でおばあちゃんから『これ私が作ったものよ!』と笑顔で声をかけられることがあったんです。今は衰退してしまっていても、街の人たちが、自分たちの仕事にや過去に作ったものに誇りを持っているんだなと感じました。」

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